第三話
猫舌男とオムライスドリア
西にかたむいた太陽が、ゆっくりと店内に差し込んでくる。
平日午後のポムの樹。学生風のカップルや主婦のグループが、思い思いに食事を楽しむなか、あきらかな違和感を漂わせるテーブルがひとつ。
革ジャンに革パン、髪を毛根から一直線に立ち上げた男が一人、オムライスを目の前に、うっとりと恍惚の表情を浮かべている。男の前にはオムライスドリア。どろりととけたチーズがたまごをおおい、太い湯気をあげていた。
男はしばらくドリアを見つめた後、その中心にぶすりとスプーンをさした。
チーズの海が決壊し、なだれとなってライスの崖を流れ落ちていく。その一角をスプーンですくい上げ、息をふきかけた。
「ふぅーふぅーふぅー」
昼下がりの店内に、男の息づかいが響いた。
客がいっせいに、男のテーブルを見やる。
「もしかして・・・熱愛Fu−Fu−のあいつ?」
彼は十年前に一世を風靡したミュージシャンだった。代表曲は「熱愛Fu−Fu−」。
恋人を奪われた男が、盛り上がる二人の愛が冷めることを願いながら、ふぅふぅとコーヒーに息をふきかけるバラードだ。覚えやすい歌詞とクセのある歌い方がうけ、老若男女がこぞってその息づかいをマネした。
男は、スプーンの上で十分に冷まされたオムライスドリアをゆっくりと口に運ぶ。
店内の全員が示し合わせたように沈黙し、男の次の息づかいに耳を傾けた。
「Fu−Fu−Fu−Fu−」
男のはく息にのせて、チーズとソースの香りが店中を満たしていく。
「あのお客さんが食べているのと同じの2つください。」
濃厚な匂いにそそられて、女子高生たちが男と同じメニューを注文した。
絵に描いたような一発屋ミュージシャンとして、歌謡界を去った男だったが、その影響力はオムライス屋のなかでささやかに光を放っていた。中年男の復活物語の序章に立ち会ったような気がして、客たちはそれぞれのテーブルで勝手に幸運を感じていた。